柊介は小さな頭を返して、二階を見上げる。
忘れていた、すっかり意識が外れていたけれど今は寅次さんの葬儀中。これから出棺があるはず。
早く戻った方がいいんじゃ・・・。
『私、もう少ししたら失礼するから。柊介ももう戻って?』
タクシー、もう来てるかも。
爪先の向きを変えて、外のロータリーを伺おうとした、その時。
「あいつは、十和子が思ってるような奴じゃない。」
静かだけれど、はっきりと。
クギを刺すような口ぶりに、思わず足が止まった。
『え?』
振り返る。視線が合った柊介は、瞳に熱を浮かべたまま何も答えなくて。
決して良くはない感じの間合いが空いた。
あいつ、って________________
八坂さんのこと?
『・・・それってどういう、』
言いかけた時、遠くで柊介を呼ぶ声がした。
タイムリミット。
その単語が、頭に浮かんだ。
「じゃあ、金曜日に。今日は本当にありがとう。」
柊介は気まずい気配を取り繕うように、そう柔らかく発した。
ただし、さっきまであんなに瞳をそらさなかったのに。
その視線は私の足元あたりにズレていた。
『ううん・・・。』
絞り出した私の返事は、足早に二階へ向かう柊介の背中には届かなかった。
その証拠に、柊介はもう振り返らなかった。
“八坂と、親しいのか?”
“いつから八坂と知り合いだった?”
“あいつは、十和子が思ってるような奴じゃない。”
柊介の声がリフレインする。
攻撃的になる柊介を見るのは、これが初めてじゃない。
エリーと八坂さんに対して、敵意を露わにする姿を見た。
だけど、さっきの柊介は攻撃的というか__________
不安げ、だった。
そんな姿を見るのは初めてで、私の心はまた立ち眩む。
知らない何かが。ずっとずっと知らない何かが、まだあるようで。
そして、私が思ってる八坂さんって?
それは柊介の知る姿と、何が違うの?
どうして柊介は彼を否定するの?
喉の奥が急速に冷えていく。
確かに芽生えた小さな不安が、体を蝕んでいく。
出棺を終えても、誰もが広場を立ち去っても。
私はその場を動くことが出来なかった。
やっと動きだそうと足に力を入れた時には、思わすヨロけて躓いた。
知らず知らずのうちに両足が強張っていたんだと気づく。
もしかしたら、八坂さんの言う通り。
とてつもなく、大きな波のうねりを感じて。
流されまいと、力を込めて。