唇トラップ



横浜は久しぶり。
キヨスクの崎陽軒に懐かしさを覚えながら、小田急線に乗り換えた。


付き合いたての頃、柊介がよく連れて来てくれた。
都内から殆ど出た事のなかった私は、柊介の地元、横浜が新鮮で面白くて。

子供の頃、明日香ちゃんと競馬場で迷子になったとか。学生時代はバイクを乗り回していたとか。
いつもより饒舌になる柊介が嬉しくて、「どこに行きたい?」と聞かれるたびにここを強請った。





久しぶりの喪服は、なぜか腕が余る。
おかしいな、昔より太ってしまったはずなのに。


窓の外を流れる景色を見ながら、昔と今をぼんやり彷徨って。
終点の駅で降りて、小さなロッカーに出社用の荷物を収める。
タクシーに乗り換えて、葬儀場を目指した。





見上げれば、文句の付けようがないくらい見事な快晴。
あまりにも、寅次さんらしい旅立ちの日。











受付には、明日香ちゃんが座っていた。


「十和ちゃん!来てくれたの。」


数日前に会った時より、生気があるような。
落ち着いた表情に安心する。


『この度は御愁傷様です。』

「恐れ入ります。あ、ここに名前書いて?」

『上司の御使いなの。その名前で書かせてもらうね。』


柊介はどこだろう?
視線が泳がないようにしたはずなのに、明日香ちゃんは「ちょっと待っててね」と腰を上げる。



『あ、呼ばなくて大丈夫だよ。喪主でしょう?
私も今日は、会社の代表として来てるから。』

「そう・・・?」

『会場は・・・二階?』

「うん。もうすぐ入れると思うから、それまであっちのソファでゆっくりしてて?
ジュースとかお茶とか、好きなもの貰えるから。もちろん今日は飲み放題!」



明日香ちゃんが、擦って赤く腫れた瞼でいつものように笑う。
その強さに、胸が痛む。

泣かないと、決めてきた。
今日の快晴は、寅次さんがそうして欲しがっている証な気がしたから。



『明日香ちゃんは何かいらない?温かいもの貰ってこようか?』

「ううん、もういらない。実はさっきから林檎ジュースを飲み過ぎてトイレが近くて。
このままだと、葬儀中にトイレ退席しちゃう。笑
お兄ちゃんに並ぶ不届き者になっちゃうよ。」



その言葉で、簡単に柊介の香りを思い出す不埒な唇。
戒めるように噛み締めて、明日香ちゃんの肩のストールを直した。