唇トラップ


昨夜の後味 _ 8






廣井さんと会えるなんて、二年前に送別会をした時以来。
あの日、私は少し体調が悪くて。珍しく酔いが回ってしまって、柊介に迎えに来てもらったんだっけ_________








エ「けど、須藤と何か予定あるなら。廣井さんにはまだ何も言ってないから、気にしなくていいよ。」

『ううん、眞子とはご飯食べて帰ろっかって話してただけ。
行きたい!久々廣井さんに会いたい♡
何時から?お店決めた?』


エ「19:00成田着の便だって。店はまだ決めてないけど。どこにするかなぁ…久々の日本だろうし、どっかうまいとこ探すよ。」


『私早く終われるから、探しておく。定時で上がれるもん。』


エ「まじで?じゃあ俺も定時で上がろう。」


『またまたー!笑
待ってるから大丈夫だよ、しっかり仕事して♡』


「なんかあったんだろ?」





じゃあまたあとでね、と。
立ち去るために、既に向きを変えていたヒールの足元は、エリーの落ち着いた声で引き止められた。




「廣井さんが来るまでに、俺で良ければ話聞くから。」



エリーの、大輪の花が咲くみたいな、おっきな笑顔も好きだけれど。



「勿論、無理には聞かないけど。
もしそれが、男に話した方がすっきりする話ならさ。」



押し付けがましくなく、離れるでもなく。
そっと何でもないことのように優しさを置いて行く時の、この笑い方にいつも安心する。




『…ありがと、エリー。』


「だからとりあえず携帯の電源は入れて。ふつーに心配した。笑」





渋々、頷くと。
困ったように微笑んだエリーの顔に、柔らかい午後の光が落ちて。
肌とか瞳とか、彼特有の薄い色素が眩しく透けた。

この笑い方も好きだなと思った。







エリーは柊介と同じ課の後輩で。
私は、エリーをキッカケに柊介と出会えた。

きっと、カンのいいエリーのことだから。柊介の事で何かあったんだと気付いてる。
だから敢えて、こんな言い方をして_______

私に吐き出させようと、してくれてるんだ。













「じゃあ、また後で。」


去っていくエリーの背中を見送りながら、もしかしたら私の携帯が通じないから秘書課のフロアまで来たのかな…なんて、思いかけて。

自惚れた考えが恥ずかしくなって、思わず笑いながら首を振った。









あの夏の日。
眞子が好きなんでしょう、と尋ねた私に。

「なんで分かった?」とはにかんだエリーの顔が、今でもキラキラと輝いて忘れられない。




エリーは、もうずっと眞子に片思いしている。