唇トラップ




木崎さんは、最後の言葉を言い切る前に保留ボタンを押した。
雑なわけではないんだろうけど。なんだかザワザワする、この感じ。

みんなに対してこんな感じなのかな。
あんまり良くないかも・・・


ていうか。

営二に、女の子なんていたんだ。




“お待たせしました。”


私だったら、これだけ待たせたら『大変長らく』って冒頭につけるよ?
そう感じた自分が、即嫌になる。
これじゃ若い子に煩い、お局さんみたいだ。



“分かりましたのでお伝えしていいですか?”

『あ・・・お手数ですがメールで戴いてもいいですか?
場所を聞き間違えて、間に合わなかったら怖いので。』

“・・・分かりました。秘書課の藤澤さんですね。すぐ送ります。”



よろしくお願いします、を聞き終わる前に。
大きな音を立てて、彼女は受話器を置いた。
相手のいなくなった受話器を、私も元に戻す。

チクチク、毛羽立つ心を抑える。

もしかして、柊介のファンだったりする?
たまに、柊介が絡むと社内の女子たちから風当たりが強いことがあった。


それとも、エリーのファン?
あり得る。なんて言ったって、“会いに行ける王子様”だもん。





こんな若い女の子が。

エリーの、ファン。


・・・可愛い子なのかなぁ。






堪えていた暗雲は、結局胸まであがってきて大きなため息になった。
そのまま、デスクへしな垂れる。


何考えてるんだ、私は。





「午後の会議、変わろうか?清宮くんのところ、早く向かいたいでしょう?」


隣の先輩が、優しい勘違いをしてくれる。

首を振って、姿勢を起こす。
冷めた紅茶を一口含んで、電報の電子サービスを立ち上げた。

ちゃんとしなきゃ。今は特に、「柊介の婚約者」として見られてる。



時を同じくして届いた、“木崎さん”からのメール。
辛うじて“お疲れ様です”の冒頭と、あとはベタ打ちされた葬儀場の情報だけ。


発信者署名の欄に載せられた、“木崎 夏恋”の文字に。

夏恋なんて名前、絶対、可愛い。

懲りずにまたそう浮かんでしまって、自己嫌悪。




こんなに気になるのは、柊介絡みの敵対心には慣れているけれど、エリーのそれには免疫がないからだ。
だからやけに落ち着かないんだ。

打ち消しても打ち消しても浮かんでくる暗雲を、そう言い聞かせては抑え込んで。




普段の何倍もの時間をかけて、弔電手配を終えた後。
美容のために控えていたコーヒーを解禁しようと、ため息を飲み込んで席を立った。