リップを直して席に戻ると、もう山口はいなかった。
きょろきょろしていると、入口のほうで手を挙げている。

「こっち、こっち」

ふたりがトイレに行っている間に、会計を済ませてくれていたようだ。

「お待たせしました。いくらですか」

「いいよ」

「でも、いっぱい食べて飲んだし」

「パリ最後の夜だから、俺からのプレゼント」

「でも……」

「いいの」

あまり遠慮し続けるのもかえって失礼だろうし、第一お店の人の前でいつまでもこんな会話はスマートじゃない。
そう思ったので、ありがたくごちそうになることにした。

「では、お言葉に甘えて、ありがとうございます。ごちそうさまでした。すごく美味しかったです」