「…いい、やっぱり止めとく」
「…」

急いでその言葉を紡ぎ出せば、瀬名は不機嫌な顔になった。…言いたかったみたいだが、何を言われるか分からないから、そう言うしかなかった。

「春香」
「…瀬名、秘書なんて、やっぱり出来ないよ」

「…何故だ?」
「…瀬名が、ここに居るから」

私の言葉に、益々不機嫌な顔になる。

「ねぇ瀬名。私は貴方が自分の会社の重役だなんて知らなかった。だからうちにいる事も、抵抗はなかった。でもね、知ってしまった以上、ここに居たいなら、これ以上傍に居ない方がいいと思うの。私は平社員だけど、でも、瀬名は違う。大事な身分なのに、変な噂がたったら、何かと良くないでしょ?今の地位が危うくなる」

黙って聞いていた瀬名が、私の手をギュッと握りしめた。

「言いたい事はそれだけか?」
「…う、うん」

「俺にとっては、専務なんて地位がどうなろうと知ったこっちゃない。そんな事より、お前を失う事の方が怖い」

「…瀬名」

「こんな事初めてなんだ。何が起きようが、お前を守る。だから、俺の傍にいろ」

「わっ!…」

掴まれていた手を引っ張られ、瀬名に抱き締められた。

…このまま、時に身を任せてもいいんだろうか?

不安な顔で、瀬名を見上げる。

すると、その不安を掻き消すように、瀬名は私のおでこにそっと口付けた。

もう、冒険するような年ではないんだけど、瀬名がいると、なんでもできそうな気がしてきた。