あれは、小学4年生の時だ。
その日は朝から雨が降っていた。

「雨だね~。昼休み外に遊びに行けないから暇だね」

「そうだね、何しようか?」

「今ね、男子たちが階段で好きな人言い合いしてるんだって。私たちもやらない?」

春佳の突然の提案に佑実は目を丸くした。
その場に居たのは、桜と茜、絵里と春佳、佑実の仲良し5人だ。

「じゃあ、私から。」

春佳は、率先して話し始めた。

「私が好きな人は、楓くん。次は桜ちゃんねっ」

「えっ、私は…、私も楓くん」

桜は恥ずかしそうに下を向いた。

「やっぱりなぁ、同じだと思った。じゃあ次は茜ちゃん」

「本当に言うの~、私…私は、黒田くんです」

「おぉ、黒田くんかぁ。人気者だからね。次は絵里ちゃんどうぞ!」

春佳の司会ぶりはたいしたものだ。

「私は、いないよ。好きとかよくわかんないもん」

「本当に~?なんとなく絵里ちゃんなら分かる気がする。よしっ、最後は佑実ちゃんだ!!」


私の番がきた、どうしよう…


私も楓くんが好きだった。
春佳ちゃんと桜ちゃんと同じ人。
楓くんはクラスの、いや学年でもかなり人気があった。
かっこよくて、走るのも早くて。

この頃の好きな気持ちってきっと付き合ってとか、独り占めしたいとかそんなんじゃなかった気がする。

それでもみんなの前で好きだって言う勇気がなかった。

今思えば、それだけ楓くんが特別な人だったなって思う。


「私は…、私はね、晃太くんかな」

「え~晃太くん?どこがいいの?
佑実ちゃんも楓くんだと思ってたのに」

「好きっていうか、
な、なんか優しそうじゃん、ねぇ」

私は嘘をついた。仲良しの友達でもやっぱり言えなかった。

「そっか、それはびっくりだ!
それでは今から男子の所へ行こう!
みんな誰が好きなのか聞いちゃお~」

春佳は強引にみんなを連れて教室を出た。

階段の踊り場には、男子が数人固まっていた。

「私たちも仲間に入れて!!」

春佳が階段の上から声をかける。

「なんでお前らくるんだよっ、誰に聞いたっ。今いいとこなのに!」

「さっき、杉山くんが黒田くんと楓くんに好きな人言わされたって教えてくれた」

「あいつ…。後は晃太と楓だけだ。
よし、晃太行けっ」

黒田は人指し指を高くあげて晃太を睨んだ。

「女子、居るし…まぁいいや
僕は、佑実ちゃんが好きです!」

えっ?私?

「え~、佑実ちゃん両想いじゃん。やったね!」

春佳が袖を掴みながら跳び跳ねている。

「やったな晃太~。」

黒田は晃太の頭をなで回した。

私は何が起こったのか分からないまま、ただ立ちつくしていた。

楓くんがどんな顔をしてるのか、そればかり考えていた。

「じゃあ最後、楓。晃太が頑張ったんだからな。俺は茜ちゃんだけど」

黒田はさらっと言った。

「えっ、黒田くん茜ちゃん好きなの?」

すぐに春佳が反応した。

茜は下を向いている。

「黒田くんも両想いだね~」

「えっ、本当?やったね~」


キーン、コーン、カーン、コーン

「ヤバいっ、チャイムだ。楓は?誰?」

「早く言いなよ~、誰っ?」



「… …鈴木 桜」

そう言って楓は、誰よりも早く教室に戻っていった。



ー放課後ー

「桜ちゃんと茜ちゃん、佑実ちゃんみんな両想いだったね~」

春佳は笑いながら言った。

特に落ち込んだ様子もなく、いつもの春佳だ。

小学生の好きな人なんてきっとこんなものなんだろう。

でも私は違った。あの時、楓くんから出た名前に泣きそうになった。
幼いながらに胸が熱くなったのを覚えている。

「じゃあね、バイバイ」

「うん、バイバイ」

私は誰も居なくなるまで教室を離れられなかった。

教室の窓から雨が当たる音だけが響いていた…


しばらくして、下駄箱に向かうと空を見上げる楓が立っていた。

「遅いじゃん。帰るの」

楓は振り返り、佑実に声をかけた。

「うん、ちょっと…
あれっ、私の傘がない」

傘立てには、桜と書かれた傘がひとつだけ残っていた。

「桜ちゃんお揃いだったから間違えたんだ、どうしよう…」

「俺もないよ」

「えっ、忘れたの?朝から雨降ってたのに」

「晃太に貸してやった」

「そっか…」

晃太の名前に佑実は少し苦しくなった。

「走って帰るかっ」

楓は笑いながら佑実を見た。

「えっ、う、うんっ」

桜の傘を使う気になれなかったのもあった。

「じゃあ、せーので行くぞ」


「せーのっ!!」



あの日二人で踏み出した一歩。
降り続く雨の中で二人は魔法にかかったみたいに笑い合った。

こうして雨が繋ぐ二人の物語は始まった。