♠私の気持ち

それから、少したった頃手術をすることになった。
私は病室から手術室に運ばれる。
そのそばには凛、颯太、そして香さん。
「結衣。頑張ってね」
少し目に涙を溜め、私の手を握りながら元気付けてくれた。
「うん。ありがとう。」
私は、そんな表情とは正反対の笑顔で答えた。
次に颯太が
「心配すんな。結衣なら大丈夫だ。」
これまでに見たことのないくらいの真剣な表情で私を見つめてくれた。
香さんは何も言わずただ私を見て力強く私を見てくれていた。
それだけで、私にとってはすごく力になった気がした。
そして私は中へと入った。
それからの記憶は全然なかった。

私の目が覚めたのは元の病室で
一番最初に目に飛び込んできたのは
私の寝ているベッドに伏せて寝ている香さんの寝顔だった。
ふと、時計に視線を移すと朝の4時だった。
私の鼻と口には呼吸器がついていた。
私は呼吸器を外し、体を起こそうとしたけど
思ったより体がすごく重くて自力で起き上がることはできなかった。
体を起こすことに苦戦していると
香さんの大きくて暖かい手が私の背中を支えてくれた。
「あ、ごめんなさい。起こしちゃいましたよね。すみません。」
「ん?全然大丈夫。てか、いつ目覚めた?」
「あ、さっきです。」
「よかった…。医者がさ、もうすぐ目が覚めるはずなのにおかしいって言ってたから心配してたんだよ。」
「そうだったんですか。すみませんでした。それから、ありがとうございました。」
「いやいや、よかったよ。無事で。」
「今度何か絶対お返ししますから。」
「えー、今度?…今がいい。」
「い、今ですか?」
私が話終えた後、香さんの唇が私の唇と重なった。
私が学生の頃にした、唇同士が触れる軽いキスなんかじゃなかった。
もっと、濃厚で頭がクラクラしてきて
自分の身体が支えきれなくなるほどに力がなくなり身体中が熱くなるのを感じた。
香さんは支えきれなくなった私の身体を自分の身体に近づけもう片方の手で私の後頭部を押さえ離れないように力を入れた。
長い、長いキスだった。
「ん…。んん…。はぁ…。」
唇が離れたかと思うと息を整える時間もなく香さんは私を強く抱き締めた。
「あ、あの…。香…さん?」
「ごめん。少しこのままでいさせて…。」
「あ、はい…。」
香さんの表情は分からなかったけど
泣いている訳ではなさそうだった。

私の背中に回された誰かに似た大きな手。
でも、今は何も考えたくなかった。
いつの間にか、私もゆっくりと香さんの背中に自分の手を回していた。

ある日、お昼ぐらいに私は窓の外を見ていた。
こういう時、新の事を思い出してよく泣いていた気がする。
あれ、でも今は泣いてない。
しかも考えているのは香さんの事ばかり。
あの時のキス、あの時の大きな腕。
その情景ばかり浮かんできて、恥ずかしくなってしまう。
あの時、誰かに似ていた大きな手。
誰に似ていたんだろう。
…あ。新に似ていたんだ。
あの暖かさも、手の形も、包み方も。全部。
新に似てたんだ。