勢い込んだ<彼女>の言葉を蛸は遮る。そして、静かに語った。
『太古の昔と比べて、海神はその力の殆どを失った。それは、時代の流れに乗じて、その存在を信じる存在が減ったからだ。海神は孤独になった。御子と呼んで遜色ないほどの加護を施した人魚にも見捨てられ、一人で漂っていらっしゃる。』
蛸の語り口は、恐ろしいほど静かだ。まるでその目で見てきたかのような──いや、見てきたのかもしれない。それがこの近くの海で一番の古株だということを、<彼女>は知っていた。
『──だからだ。孤独な海神様は、同胞の肉を大層お喜ばれになる。最上級の生贄は、人魚だ』
「……っ」
蛸の語った言葉がいつになく真剣味を帯びていて、<彼女>は自然と口を閉ざしていた。静かな入江に、蛸の声だけが響く。
<彼女>の心が、揺さぶられる。
『お前が本当に、海神様へ助けを求めたいのなら、あの人魚を利用しろ。お前には時間が無い。目的を遂げるにはそれしかないだろう。そうすれば願いは叶うかもしれない。人魚の肉はそれほどまでに、海神の欲するものだ。……勿論、どうするかは、お前次第だがな。裏切られたまま孤独に死ぬか、愛しいひとを利用して、生き延びさせて貰うか』
「……」
<彼女>は口を閉ざす。何も言えなかった。
出すべき答えはすぐそこにある。けれど何故、こんなにも心が苦しいのだろう。
今更誰も咎めないのに──いや、他でもない自分が、咎めているからなのだろうか。
答えなんて、出せるのだろうか。
ぼんやりとした月明かりに、<彼女>の歪な花の部分の痕が照らされる。
そこで小さな膨らみ──ふさわしい言葉を付けるとしたら、『蕾』が、色を付け始めていた。
開花の季節まで、あと僅か。
波もないのに、<彼女>を照らす月影が、大きく揺らいだ夜だった。


