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──目を開けると、そこは暗く閉ざされた、冷たい入り江の底だった。

(…………)

<彼女>は黙って辺りを見渡す。波のない静かな、けれど遠くの海鳴りだけが物悲しく響く様子も、地形の関係で光が差し込まない様子も、全てがよく見慣れたものだったから、<彼女>は一つ大きなため息をついた。

──夢、なんていつぶりに見ただろう。

(馬鹿みたい……)

あんな幸せな夢に、一瞬現実を忘れかけたことも、目覚めて落胆している自分も。

──そして何よりも、久々に懐かしい夢を見てしまうくらい、心を乱されていることが。

(あの人魚のせい、だわ)

昨晩の様子を思い浮かべながら、<彼女>は溜め息をこぼしたくなる気分になる。

あの人魚との会話が心地よかったとか、そんなことではない。ただ。

──ただ、余りにも、他者の声を聞くことが、久しぶりだったから。

たった一人の空間が、一瞬だけど、少しだけ賑やかになったから。

だからきっと、思い出してしまったんだ。懐かしい記憶を。

(あのヒレの色のせいよ)

人魚が軽やかに去っていった方を見つめながら、<彼女>はそんなことを思う。

あの鮮やかな、碧。あれは記憶に残る、姉の葉の色にそっくりだった。



 目覚めることに絶望するような
 温かい 優しい 夢ならば
 すぐに砕ける幻ならば
 冷たい現実の方が 居心地が良いと知ったの



<彼女>はまた、思い付くままに言葉を唄に載せていく。