予想だにしなかったその言葉に、一瞬、息が止まるかと思った。

もちろん<彼女>は花なので、動物の様な呼吸をしているわけではない。けれど恐らく今の感覚がそれに近いのではないかと感じたのだ。まるで、心の奥深くを鷲掴みにされたような感覚。

「いつもね、波に乗ってその歌声が聞こえてきてて、どんな子が歌ってるんだろうって気になってたんだ。それで聴きに来たんだけど」

──しかも彼はそんな風に、<彼女>への言葉を休めない。

「君が歌ってたんでしょ?……ねえ、姿を見せてくれないかな?」

そう言って、きょろきょろと視線を彷徨わせているのを見て、<彼女>はなんとも言えない気分になった。

(……やっぱり、話しているのが植物だなんて思っていなかったみたいね)

相手の様子からそう確信した。恐らくは、蔓の壁の向こう側に、歌声の主が隠れているとでも思っているのではないだろうか。

(……目の前にいるのに)

<彼女>はふっと自嘲的な気分になる。地上の豪華で美しい花々ならともかく、私のような醜くて陰鬱な植物は、背景にしかなり得ないのだろう、と。

けれど花だと気付かれていないということは<彼女>にとってもやりやすくはあった。<彼女>は毎夜、その歌を使って人間の命を奪っているわけなのだから、あまり素性が知られるのも良くないわけで。

だからわざわざ自分の正体を明かす必要もない、と、<彼女>そこまで考えて口を開いた。

「……それは、出来ないわ」

──姿を見せることは出来ない。

それは真実でもあった。

何故なら<彼女>は、既にもう、人魚の前に姿を晒しているわけなのだから。

「……そっか。残念だなぁ」

少しの間の後に聴こえてきた言葉は、今までのそれとは違い本当に少し残念そうであった。

二人の間にしばし舞い落ちる沈黙。けれどそれを破ったのも、やはり彼の方で。

「じゃあさ、何か歌ってくれないかな?」

彼は全くめげた様子もなく、今度はそんなお願いをしてきた。

「……え?」