(人間……よね、これ)

浮かび上がらないようにしっかり固定しながら、<彼女>は少しだけ冷静さを取り戻して、頭の中でそう考える。

意識していたわけではないものの、<彼女>の唄には他者を惑わす力がある。きっと惹き付けられた人間が勝手に落ちてきたのだろう、と結論付けた。

落ちてきたことにも気が付かない程物思いに耽りすぎていたのだと思うと自分に呆れなくもないのだが。

(……仕方ないわ。明日のぶんの生け贄にしましょうか)

そう思い直して、そろそろ抵抗する力も残っていないだろう、と一瞬蔓を緩めた、その時。

するり、と、それは<彼女>の手元を抜けた。

沈めていたのに、まるでそれが全く効いていないかのように、素早く、自然に。

(……どういうこと!?)

冷静さを取り戻しかけていた頭が再びぐるぐると周り始めた。

だって、<彼女>の蔓をすり抜けたそれの感触は。

人間のものとは明らかに違う、もっと滑らかですべすべした──そう、まるで、魚の鱗のようなものだった、から。

(人間ではなかった?)

混乱しながら浮かんだ答えは、冷静に考えてみたら恐らく正しいのであろう。人間ならばこんなに長時間沈めていたらあんな風には動けない筈だし、あの独特の冷たい感触は人間にはあり得ない。

……けれど、初めに触れたときの、あの温かさは魚にはないものだった。

(なんなの……?)

戸惑いながらも、<彼女>はそれがどちらへ逃げていったのか、また蔓を一斉に広げて探す。

そんな<彼女>の耳に届いたのは。

「うわー、びっくりしたあ。なんかにひっかかるし……思わず溺れちゃうとこだったよ」

思わぬ所……<彼女>の意識のある部分のちょうど真後ろから聞こえてきた、どこか緊張感の足りない、少年のような声だった。