そのあとも何か話したわけではない
ずっと無言のまま歩き続け
私の手がキャリーバックの重みで痛み出したころ
青色のペンキ塗りの建物は出現した
[希望宿屋]
と白地で大きく書いてある
咲は自転車を止めて立派な玄関に入っていった
玄関のドアが閉まり
私は一人前で待ちぼうけの状態になった
それにしても立派な建物だ
古びてることは否めないけど
だけどそれがかえって趣があるというか
なんというか高級感があって
素人の私でも伝統があるんだろうなって感じる建物だった
「早く入って来いよ」
そんな風に思い見上げていると
中から咲が私を呼んだ
「あ、ごめん」
そういって玄関に入ると
傷一つない広いフローリングが広がっていた
「あーあなたが内田さんね」
中から出てきた人は
この空間にほんとにあっているような
淡い色の着物を着た黒髪の高貴な人だった
「こんにちはっ、内田です」
その雰囲気に圧倒されて思わず何回も頭を下げてしまった
「ここのおかみの水谷 光代です。咲の祖母に当たります。咲と帰りが一緒になったようで」
「はい」
「そんな緊張なされないで。咲のおばあちゃんだと思って接してくれればいいから」
その咲にも緊張するんですって心の中で思ったけど
私は無理やり微笑んだ
「咲、ほら部屋に案内してあげなさい」
「はいはい、ほらこれでキャリーバックの車拭いて」
キャリーバッグは本当に汚れていた
長い砂利道を歩いていたのだから当然だ
高校生のとき修学旅行のために買ってもらった友達とおそろいのお気に入りのバッグ
今はもうただのキャリーバッグになってしまったけど
それでもこのデザインを割と気に入っている
「吹き終わったら貸して。俺についてきて」
そういって咲は持ち上げた
割と重さはあるはずなのに軽々と持ち上げて
すたすたと歩いていく
私は靴を並べて
急いでついていった
