迷い風


「さくちゃん、よく来たね~」

古びた木造の建物の中に入ると
優しそうな笑い皺のたくさんあるおばあさんが迎えてくれた

どうやらここは青果屋さんみたいだ
ビビットカラーの野菜たちがたくさん並んでいる

「そちらのお嬢さんは?初めて見るね~。彼女さんかい?」

「違う、うちの新人。夏だけうちで働くっていう」

「ほ~、またえらいべっぴんさんが来たね~。東京からかい?」

おばあちゃんは私の手を取って
握った
おばあちゃんの体温が伝わった

「内田 そらです。よろしくお願いしますっ!」

おばあちゃんは私の手を何度もさすった

「そらちゃんね、よろしくね~。私は美紀子。みんなにはミッキーおばあちゃんってよばれているよ」

「ミッキーおばあちゃん」

「そうそう、そう呼んでね、そらちゃん」

私は自分のおばあちゃんとあまり話したことがない
両方とも九州にいて
うちには夏休みに帰省する習慣も
お正月に挨拶しに行く習慣もなかったから
ほとんど会ったこともない
小さいときに一緒に写っている写真があるくらいだ

だからどうやって対応していいのかわからずに
ただ愛想笑いをして名前を呼ぶくらいしかできなかった

「で、さくちゃん、なにしにきたのさ」

それを眺めていた咲は濃い緑色の大きなスイカを一つ手に取った

「これを買いにきたの、ばあちゃんが買って来いって」

「光代さんがかい、そうかそうか」

「はい、1000円」

「はいはい、ありがとうね。光代さん元気かい?」

「元気すぎるほど元気だよ」

「そうかいそうかい、よろしく言っといてね」

「はいはい」

そういって咲はスイカを抱えて出ていった
それにおいておかれないようにわたしもおばあちゃんにお辞儀をして歩き出した

「そらちゃん」

おばあちゃんは私の手を取って引き留める

「これ、私からのプレゼント。ようこそ、青昌へ」

手渡されたのは
ひんやりとした赤い小さな桃

「ネクタリンっていうんだよ。皮ごと食べれるから、さくちゃんと食べな」

そういっておばあちゃんは微笑んだ

見たことのないような温かい笑顔だった

「ありがとうございます」

おばあちゃんはさらに微笑んだ

「さくちゃんは無口だけどいい子だからね~、さくちゃんと仲良くね」

「はいっ」

「じゃあね、さくちゃん足早いからね、おいておかれちゃうよ」

私はさっきよりも深く頭を下げて
お店の中から出た

手の中の小さな桃は
少し熱を帯びていた