迷い風


砂利の音と
自転車を引く音
キャリーバッグが石に引っかかっては
それを飛び越える音
そして時々聞こえる波の音

そんな音しか聞こえない
静かな時間だった

その人は1度もこっちを振り向かなかったし
私も話しかけようとは思えなかった

無理に色々聞かれないことが
ほっとしたような
でもなんか聞かれたいような
そんな感じで

15分くらい歩いて
その人は自転車を止めた

青い剥げたペンキの自転車だ
籠はもう錆びていて茶色くなっている

この町の人は青色が好きなのかもしれない
なんて思った

「俺は水谷 咲。希望宿屋の主の孫だ。」

突然発された低い声に戸惑いながら
改めてその人の顔をはっきり見た

顔立ちのはっきりした
海に似合わない白い肌の
冷たいような鋭いような男の子だった

「わ、私は内田 そらです。よろしくお願いします」

そういって
わたしは頭を下げた

「年は?」

「19…です。今年20になります」

「あじゃあタメか」

「えっ」

タメなの?!
って言おうとして口をつむんだ

もっとずっと年上だと思っていた

「俺のことは咲でいい。宿屋には全員で従業員が27人いる。のうち大学生は俺以外に3人だ。で、希望宿屋では、今年から海の家を出すことにした。そこで俺たち大学生は働くことになる。海の家は?」

「海の家は?と言いますと?」

「知ってる?」

「あっ、知ってます」

「じゃあ、大体の仕事は想像つくよな」

「あ、大体は」

思ったよりも饒舌で
だけど話している中で笑みは一度も見なかった
ただ淡々と話しているだけ

もう少し同い年とかわかったら
距離を詰めようとかしないのだろうか

この人…
咲は愛想笑いもしてくれなかった

「質問は?」

「特にないです」

「まぁわかんなくなったら誰かに聞け。みんな海の家は未経験だけど」

そういって自転車のスタンドを立てた

「よっ、よろしくお願いします」

「敬語じゃなくていい、同い年なんだし気持ち悪い」

いや無理だろうと正直思った
このオーラ
何も寄せ付けないこの感じ

初めて感じたオーラだった

なんだろう
冷たい人とか
嫌味のひととか
私のことを嫌っている人とか
そういう人は私だってたくさん出会ってきた

でもそういうのじゃない
咲から感じる雰囲気は
そういうものじゃない

うまく言葉にできないけど
入り込んだらきっと放り出されて
一生閉ざされてしまうんじゃないかと思うような
そんな感じ

「ほら、行くよ」

そんな雰囲気をまとった咲は
私に背中を向け歩き出した