迷い風


さっきの黄色い光がその人の白いTシャツに反射して
顔はよく見えなかった
だけど白い肌だけははっきり見えた

そしてその人は下げたか下げてないかわからないかくらいに
頭を下げて自転車にまたがった

今度ははっきり顔が見える

一瞬目が合って
その人は一秒もこっちを見ずにそらした

「あ、あの」

思わず声をかけてしまった

しばらく人を見ていなかったから
安心したのかもしれない

いつもなら知らない人に話しかけるなんて到底無理なのに
驚くことに言葉が出てくる

「なにか」

それにしても随分低い声で
冷たく返してくる

人違いをしたことが恥ずかしいからなのか
こっちを見ないし

「希望宿屋ってどこかわかりますか?迷っちゃって」

その人は向いてた視線を
ぱっとこっちに向けた

「お客さんだったのか、俺、希望宿屋のものです。連れていきますよ」

「えっ」

「はい、少し歩きますけど、ここから十分くらいですかね」

さっきのなにか
よりも少し高い声で
私が歩いていた方向とは逆の方向を指さした

その人は自転車の向きを変えて
またがっていたところから降りた

「私、お客さんじゃないです。明日から住み込みバイトでお世話になるんです」

その人は少し驚いたようなしぐさをして
少しこっちを凝視して
そしてまたそらした

「あーなんか言ってたわ。なんか都会の女が来るって」

都会の女っていう言い方がなんとも嫌味ぽく
そしてその響きが私に黒い影を落とした

その人は再び自転車の向きを変えて
だけど自転車にはまたがらずに押しながら歩き始めた

「あの、こっちじゃ…」

私は最初に指さされた方向を指さした

「新人研修。ついてこないなら一人でさまよえば?」

そういってまた私に後姿を見せた

なんてぶっきらぼうで
冷たい人なんだろう

なんて私は思ったのだった