上野君と初めて話したのは、たしか昨年の夏のことだった。



上野君とは春から毎週金曜日、一緒に受付の当番をしていたのだけれど、それまでなんと一言も口をきいたことがなかった。



先に話しかけてくれたのは上野君だった。




「岩井さんて、本めちゃくちゃ読むよねー」




いつものように受付の椅子に座って本を読んでいたら、突然そんなことを言われた。



わたしはその時も、色々考えていると発言するタイミングを失い、結局黙ってしまった。



そんなわたしに、上野君はこんな質問をしてきた。



「一週間に本何冊くらい読んでるの?」



「…………その時によるけど……今週はたしか100冊くらい…………」



「100!?すっげー…たしかに岩井さん、本読むスピード速いもんなー」


「…………」



「じゃあ、この図書館にある本は全部把握してたりするの?」



「………ま、まあ……去年の一年でたしか全部読み終わったから………」



「かっけー!じゃあさ、この後オススメの本とか教えてくれない?」



「………え……」



「…だめかな…?」



「い、いえ、、、それはいいんだけど………ジャ、ジャンルとかは…………」



「あー、全然何でもいいよ!本当に!岩井さんが面白いと思ったやつ教えてよ」



「………………じゃ、じゃあ、後で………………」



「おう!ありがとう!」



そしてその日、わたしは上野君にスタンダールの恋愛論をおすすめした。


「こ、これ……面白かったよ……個人的にだけど………」


「おーありがとー!読んでみるな!」


「………………………」


それから上野君は、一週間かけてその本を読んでいた。



休み時間も、たまに見るとその本を開いたりしていた。




そして、一週間後の当番の日。


「岩井さん!この前教えてくれた本、めっちゃ面白かった!ありがとう!」


「………こちらこそ……」


「良かったら今日も教えてくれない?」


「………全然、いいよ…」


それから、わたしは上野君に毎週わたしが面白いと思った本を教えてあげた。


そして上野君は、その本を必ず読んでくれた。