私はその日、いつもより少しだけ重くなった鞄を抱えて学校に急いでいた。

 心臓がどきどきするのは走っているからなのか、これからの出来事に不安や期待で胸がいっぱいだからなのか、分からないくらい。

 凍りそうな寒さの中、白くなった息だけがどうも熱っぽい。

 鞄の中で「あれ」が揺れる微かな音が気になってしょうがない。

 まるで爆弾を持ってるみたいだ。

 早くどこかへ置いてしまって、遠くへ逃げ出したくなるような、まさに危険物って感じ。



 朝早くに来る校門はあまりに人気が無くて、なんだか泥棒にでも入るみたいな、後ろめたい気持ちになってくる。

 守衛さんへの挨拶も見事な挙動不審さ。謎にどもった入り方から尻すぼみな終わり方まで、完璧だった。

 私、制服を着てるんじゃなかったら絶対アブナイ奴だ。



 誰にも見つかりたくない。本気で、誰にも。




 地面を見ながらまっすぐにダッシュしてこれまた人気の無い昇降口まで来ると、いっそう心臓の音はうるさくなってきた。

 静まれ、静まれ。

 靴を乱暴に脱ぎ捨てて簀の子の上に立とうとしたら、何故かバランスを崩してよろめいた。

 私、動揺してるとけっこう三半規管にくるタイプ。

 こんな日の早朝に、見るからに様子のおかしい女の子がすることなんて一つしかない。

 だから、見られたら本当に終わり。

 靴を自分の下駄箱に突っ込んで、扉を閉める。

 深く息を吐いて、三秒その場に無音で固まる。

 気配は無い。

 いつも視界の端に映る「目標」の下駄箱は、右手を伸ばしたら届く距離。

 気配は無い。

 私は音を殺しながら鞄のチャックを開いて、左手で中を探る。

 指先に「あれ」の感触。

 気配は無い。

 もう一度だけ息を吐いて、吸うと同時に右手で禁断のロッカーを開け放ち、左手で「あれ」を中に押し込んだ。
 そのまま右手を振りかぶって、バタンと扉を閉めると同時に、足は全速力で教室を目指す。

 一心不乱に昇降口から遠ざかりながら、心臓がこれまでに無いくらいに激しく揺れていた。


 やった。やってしまった。


 怖いくらいに震えが止まらなくて、でも少しだけなら期待してもいいかと思うとにやけてくる。

 なんて、収まりのつかない私の恋心。








「ねえ、どうすればいいと思う?この気持ち」




「古い!今どきそんなバレンタインねえよ!」