髪を切ろうと
美容院の前まで来たけれど
何となく気分が乗らない。
お店に背を向け、近くのビルの地下にある本屋へ入ると
見覚えのある姿が目に入ってきた。
「本木さん?」
グレーのスーツに身を包み、
黒縁メガネの奥の切れ長の目がこちらを向いた。
「あれ、茉美。何してるの?」
「本木さんこそ」
「情報収集」
にやりと笑い、手に持っていた写真集を閉じた。
「写真家、中谷健吾の新作だよ。今日発売。
今作もさすがというか、すごいね。彼は。
才能もあるけど、努力家というか勉強家というか戦略家というか」
「本木さん、カメラマンもチェックするんですね」
本木は再び本のページをめくる。
「天才ですからね、中谷健吾は」
めくったページから、たくさんの光が零れ落ちてくる。
少し色の褪せた、フィルムのあたたかい風合いの写真から眩しい光がもれて
思わず私は目を細めた。
その一枚一枚が愛おしくて悲しくなる。
"茉美ちゃんは、僕の作品に嫉妬してしまうかもしれない。僕は写真に人生を捧げているから"
彼が、
健吾がいつかの夜に言った言葉を思い出した。