黒塗りのやたら乗り心地の良いの良い車(たぶん外車)に揺られること数十分。

目の前に広がる光景に、私は言葉を失った。


「お、お城…?」


徒歩で移動するのも困難であろう広い、とにかく広い敷地にドドーンッとそびえ立つ一軒の家…いや、お屋敷。
そうだ、これはもうお屋敷だ。
外国風の外観はそれはそれはもう輝いていて眩しいぐらい。

一面の芝生、噴水とかがありそうな庭、手入れの行き届いた色とりどりの花々―…


「おい、いつまで突っ立ってんだ。」

「は、はいっ!」


呆然と見回していると、背後から聞こえた呆れた声に思わず飛び上がる。
もう、いきなり話しかけてこないでよ!

…なんて、言えるはずもなく。

「ついてこい。」

「は、はぁ…」

大人しく日野君のあとをついていく。
ちょっとでも油断したら迷子になりそうだしね…
っていうか、速い。
日野君歩くのはやすぎる!

「ま、待って…」

慌てて足を動かすも、日野君が歩く速度を緩めてくれる様子もない。
ほんとに取っつきにくい人だなぁ…

因みに北瀬君は明希を口説き始めたので置いてきた。
ちょっと心配だけど、明希も全く相手にしてなかったし大丈夫だよね。それに北瀬君って日野君に比べたら悪い人でもなさそうだったし。



中に入ると、さらに輝かしい世界が広がっていた。


先が見えないぐらい長い廊下に、ふかふかの、塵ひとつない絨毯、豪華な調度品の数々に…シャンデリアなんて初めて見たよ…
眩しすぎて、直視もできない。


そこから歩くこと5分(これだけでどれほど大きなお屋敷か分かると思う)。
ようやく、日野君はある部屋の前で足を止めた。


「ばあや、入るぞ。」

ガチャリ。

重々しい音を立てて、扉が開かれる。
その部屋の中は、意外に質素で、このお屋敷に来てやっと少しだけ肩の力が抜けた気がした。

中にいたのは、メイド服を着た上品な雰囲気のおばあさんだった。


「あらあら、坊ちゃん、おかえりで…」


ばあや、と呼ばれたその人は作業の手を止め、丁寧にお辞儀をする。
そして、日野君の後ろにいる私に気づいたのか、驚いたように目を見開いた。

「坊っちゃん、そのお嬢さまは…」

お、お嬢さまなんて初めて言われたよ…

「ばあや、こいつをだからここで働かせてやってくれないか?ワケありだから仕事はなんでもいい。あとこんなやつをお嬢さまなんて呼ばなくていいぞ。」

わ、ワケありって人のことを食品みたいに…!
しかも最後のひとこと余計だし!


そんな私の怒りなんて露知らず、ばあや、さんはにこりと柔和に微笑んで、


「承知致しました。お嬢さん、お名前は?」

「み、三月萌衣です!」

緊張してちょっと声がひっくり返っちゃったけど、ばあやさんは穏やかな声で応えてくれた。

「そう、では萌衣さん。ちょっとこっちにいらっしゃって。坊っちゃんは…」

「あぁ、もう行く。じゃあな。」

日野君は最後にチラリと私の方に視線をやると、颯爽と部屋を出ていってしまった。