初恋はカップラーメンの味


「お似合いでしょう?」

バチバチと火花が飛び交う中、ばあやさんがニコニコと笑いながら割り込んでくる。

その言葉を無視して、日野君はばつが悪そうに振り返った。

「なんでこっちなんだよ。」

ん?
こっち?

「だってこんなに可愛らしいお嬢さんにあんなところは似合わないじゃないですか。」

んん?
あんなところ?

「こいつならあっちで十分だっつーの。」

「そうおっしゃらずに…」


「ちょ、ちょっとストップ!!」


自分だけが置いていかれる流れに耐えられなくなって、慌てて声を上げる。

集まる二人の視線。

ちょっと居心地が悪かったけど、構わずずっと疑問に思っていたことをたずねた。

「さっきから言ってるあっち、って何のこと…ですか?」


しばらく、沈黙。

う…気まずい。これってまさか聞いちゃいけないことだった?



と焦ったのも束の間。

日野君は面倒そうに首を傾げて、

「言ってなかったっけ?」


そうして告げられた言葉は、私にとってはかなり衝撃的なものだった。



「うちのカップラーメン工場のことだよ。うちの父親、日野フーズの社長だから。」




日野フーズ。

日本のみならず世界的にも名の知られる食品会社。

主な取扱い商品は健康面にも考慮したインスタント食品類。

もちろん、そのなかには私の愛して止まないカップラーメンも含まれている。


…というか。



私が今朝食べてたのも、日野フーズのカップラーメンなんですけど…

つまり、私は日野社長のご子息に、日野フーズの製品をぶっかけた、と…



――やってしまった。


これは完全にやってしまった…


固まる私に、でも、日野君が発したのは意外な言葉だった。


「…別にんなことはどうでもいいんだよ。」

「へ?」

思わず間の抜けた声が出る。

「だから…日野フーズがどうとかそういうのはどうでもいいわけ。オレはテメーにクリーニング代分だけ働けって言ってるだけだっつーの。」

た、たしかに…

日野君はあくまで「制服のクリーニング代を払え」と言っただけだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
たとえば自分の家の権力を使って、私のことをどうこうしようとか、そんなことは全くしなかったんだから…


そう思うと、今さらながらに罪悪感が込み上げてきた。


「そ、その…」

「あ?」

「今朝は、ごめんなさい…ちゃんと、クリーニング代は、返します…」

俯きながらの、たぶん、はじめてのちゃんとした謝罪。

ギュッとエプロンの裾を握りしめ、日野君の反応を待つ。

しばらくの、沈黙。

やがて、日野君は、小さく笑って、


「当たり前だっつーの、バーカ。」


その声がやけに優しく聞こえて、胸がほんわかと温かくなる。



「ま、せいぜい馬車馬のように働けよ、馬子だけにな。」

「ひとこと多いんですけど!」

「もう、坊っちゃんはまたそんな憎まれ口を…」




胸にともった温かい気持ちの名前を、このときの私はまだ知らなかったんだ。