部屋に取り残されたばあやさんと私。
ばあやさんはなんとなく良い人そうだけど、さすがに気まずい。
キョロキョロと落ち着きなく視線を泳がせる私をよそに、ばあやさんは何やらてきぱきと準備を始めていた。
その手際のよさと言ったら、とてもじゃないけどおばあさんには見えない。もしかしたら、このお屋敷で働いて長いのかな。
「萌衣さん。」
「は、はいっ」
ぼーっと見つめていたら突然声をかけられて、思わず声がひっくり返る。
そんな私を見てクスクスと可笑しそうにばあやさんは笑う。
「そんなに緊張しなくてもいいですよ。それよりも、また坊っちゃんが無茶なことを言ったんじゃないですか?」
「え…?」
「ですから…」
じっと真っ直ぐに見つめられて、ドキリ、胸が跳ねる。
「坊っちゃんが何か難癖をつけて貴女をここまで連れてきた…違いますか?」
「えっ…と…」
これには私も口ごもる他なかった。
だって、事実と言えば事実だし、間違ってると言えば間違ってるし。
でも、私が困っている姿を見てなんとなく察したのだろう。
ばあやさんは困ったように笑いながら、すみません、と呟いた。
「坊っちゃんは悪い方ではないのですが…お母様を早くに亡くされて、お父様もお仕事がお忙しくてねぇ…」
「は、はぁ…」
「本当は、良いところもちゃんとある方なんですよ。」
にっこり。
柔和に微笑むばあやさんを見たら、私も頷くしかない。
正直、日野君が良い子になんかちっとも見えないんだけど。
「さ、萌衣さん。準備ができましたよ。」
「あ、はい…」
あれ?
準備って、なにの?
けれども次の瞬間、ばあやさんが手にしている物を見て、私は完全に固まってしまった。
「あ、あの…?」
「なんですか?」
「いや、それ…」
「あぁ、これですか。サイズが合うと良いのですが…」
いやいやそういう問題じゃなくて!
っていうかやっぱ着るんだ!?
私が着るんだ!?
「この屋敷では、使用人の正装はこれですので。」
…そんな風に言われたら、黙るしかないじゃない。
ああ、これを着た私を見て日野君は何て言うだろう…
絶対笑われるに違いない。
というかこの展開を予想してたに違いない!
ばあやさんには悪いけど、やっぱり日野君が良い子なわけなかったな。
そんなことを考えながら私は仕方なくばあやさんからそれを受け取った。