「特に好きなのがほら、ここだよ」
そう言って指さした一節。
『至誠而不動者未之有也、不誠未有能動者也。』
さっきまで読んでいたのと同じだ。
「誠意を尽くせば、どのようなものでも必ず動かすことができる。逆に不誠実な態度では何も動かすことはできない。そういう意味だよ」
じっと文を見つめていると、九一が意味を教えてくれた。
――誠を尽くせば動かせないものはない。
物事や人を動かすにはそれだけ誠が大切だということだ。
「まあ、先生はこの言葉を信じすぎている所もあるけれどね」
その場にごろりと横になる栄太郎。
九一も苦笑しながら頷いて、同じく横になる。
「そうだね。黒船に乗り込んで異国へ行こうとしたり、友人との旅に手形が間に合わないからって脱藩したりするくらいだから」
困ったよう言ってはいるけど、二人とも表情は緩やかだ。
二人に習って私も寝転がって空を仰ぐ。
「誠を尽くす、か……」
空は茜色から青藍色に変わっていて、黒い山の輪郭が浮かび上がっている。
山の上には星が一つ、白く輝いていた。
