医者をやっていると、毎日のように怪我人が運びこまれる。
時には傷を縫う時もあって、そんな時はまさに修羅場だ。
患者は暴れて、悲鳴を上げる。
その声が家中に響き渡って、とても勉強どころではない。
「そっか、家には修羅場が待ってるからね」
二人は私の隣に腰を下ろす。
「ところで夕霧、何を読んでいたの?」
「これだよ」
傍らの本を閉じて二人に見せる。
「……『孟子』だね」
表紙の文字に目を落とした九一が呟く。
「うん、先生がぜひ読んでほしいっていうから」
子供の様に目を輝かせてこの本を勧めてきた先生を思い出して、思わず笑みが零れてしまう。
「先生は孟子が好きだからね」
「そうなの?」
「うん」
九一が頷くのと同時に、手の中から本が消える。
あ、と思っている横で栄太郎が本をめくっていく。
