安政四年、長州藩萩城下。
目の前にあるのは瓦葺きの小さな建物、松下村塾。
主宰者は、藩校の明倫館でも講義をしたという吉田松陰先生。
身分を問わず迎え入れてくれるというこの塾の入塾希望者は少なくはなかった。
私、和泉夕霧もその一人。
松本村にあるというこの塾まで来てみたはいいのだけど……。
「どうしようかな……」
既に講義は始まっているようで、辺りを見回しても誰もいない。
入り口に立ち往生する形となってしまった。
中から微かに人の話し声がする。
思い切って声をかけてみようと思った時だった。
一陣の風が吹いた。
青々とした若葉が揺られて、ざわざわと音を立てる。
そんな音に混じって、じゃり、という音が聞こえた気がした。