「大丈夫だよ。いきなり襲ったりしないから。それに僕のアパート、壁薄くてさ。こんな夜中に近所迷惑になるようなこと出来ないよ」
近所迷惑になるような行為を私はリアルに想像してしまった。
「そ、んな生々しいこと言わないでくださいよ。さっきの一杯で酔っちゃいました?」
「まさか、酔ってはないよ。真面目にいってんの。そう言う訳で安全だよって。どうする? 来る?」
酔っていて危機意識が薄れていたのもあるけれど、游さんがそれほど悪い人には思えなかった。だから私は游さんにアパートに泊めてもらうことを選んだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「うん、決まりね」
游さんはちょうど走ってきたタクシーを止めた。
後部座席のドアが開くと、私を先にのせて、游さんも乗り込む。
「すみません、池尻まで行ってください」
「池尻?」
隆と暮らしていたマンションに近い。私は小さく動揺する。
「どうかした?」
「いえ、なんでもありません」
タクシーはゆっくりと走り出す。もうすぐ日付が変わる時間だというのに、金曜日の街は沢山の人で賑わっていた。
数分で私はまたひとつ年を取る。今年の誕生日は出会ったばかりの人と迎えることになるなんて。こんな誕生日も人生にいちどはありかもだなんて自分に言い聞かせた。
少ししてタクシーは池尻の駅に着いた。游さんは運転手に指示をして少し先の路地に止めさせた。料金をカードで支払い、私に「降りて」と声を掛ける。私はゆっくりと車から降りた。
「じゃあ、行こうか」
「あの、タクシー代は?」
「いいよ。それくらい」
「でも」
「本当に気にしないで。ほら、行くよ」
游さんは私に背を向けて歩き出し、私はその背中を追いかけた。


