「ねえ、由衣子はあの中で誰かいい人いた?」
鏡に向かって紘子が聞いた。ああ、この話をするために私をトイレに誘ったのだと今更ながら気付く。
「うーん」
「いないの? 由衣子のための合コンなのに、もっとがつがついかないとダメじゃん!」
赤いグロスを塗りながら、紘子は鼻息を荒くする。
「そう言う紘子は、いたの? いい人」
「あたしは、慎一郎さん!」
「やっぱり。そうじゃないかと思ってた」
「お、さすが由衣子。分かってるね。だから、彼は駄目だよ」
「分かってるよ」
おそらく、この話をするために、私をトイレに付き合わせたのだろう。
「彼は今、横浜に住んでるらしいの。だから今日は終電がなくなるまで飲ませて、そのまま二子玉のマンションにお持ち帰りしちゃおうかなって考えてるんだ」
「なんで自宅? ホテルでいいじゃん」
いくらなんでも今日会ったばかりの男を自宅に連れ帰るなんて、危ないと思う。
「だめだめ、朝食作って、家庭的な女アピールすんの。お堅い職業の人には効果覿面でしょ? だから、ホテルじゃ駄目なの」
なるほどと思ってしまったが、どうも思考が短絡的やしないか。いつもの紘子じゃないみたい。
「紘子、だいぶ酔ってるでしょ。少し酔いを覚ましてから考え直したほうがいいよ」
「酔ってるけど、本気だから大丈夫。慎一郎さんのこと、絶対にゲットしたいの。だから、だからお願い、今日は帰ってこないで」
紘子は拝むようにして手を合わせた後、私に縋り付く。
「そんなこと言われても、困るよ。ホテルに泊まるなんてもったいないし、カラオケや漫画喫茶に行くならひとりはいやだ」
「だったら、由衣子も誰かにお持ち帰りされちゃいなよ。游さんとかいいじゃん。ライバルいないよ」
お持ち帰りされちゃてだなんて、いってることがめちゃめちゃだ。取りあえず、話を合わせておかないと面倒そうだ。
「……わかった、そうする」
私が頷くと、紘子は嬉しそうに手を叩く。もしかしたら、私が想像する以上に酔っぱらっているのかも。
「ほら、行くよ」
私は若干千鳥足の紘子の肩を抱いて、みんなの所へと戻った。


