「よし、じゃあ今日はここまで。明日もいつも通り合奏は6時からだ」

「ありがとうございました!」


部員を仕切るのは部長の峰ちゃん先輩。


「峰ちゃん、峰ちゃん、この小節がどうしてもうまくいかなくて」

「お、ここか。ここは細かく切らずに、テンポも他より遅い感じで……」


男子の先輩が峰ちゃん先輩に教えてもらっている。


あまり笑わないし愛想は正直ないけど、聞いたら丁寧に教えてくれるし、もちろん優しいところだってあるから部員からは慕われている。


「あ、いたいた。樫野くん」


クラスメートの恵ちゃんが、音楽室の扉の前で私を呼んでいた。


「あれ、恵ちゃん、陸上部は?」

「終わったよー吹部が一番遅いんだから」

「ああ、そうだった」

「これ、樫野くんのでしょ? 教室に置きっぱなしだったから」


恵ちゃんが差し出したのはお弁当箱が入った小さなバッグだった。


「ありがとう! 峰ちゃん先輩に連れてかれたことしか覚えてなくて忘れるとこだった。助かるよ」

「お前が悪いんだからな」


気がつけばスケッチブックを肩に置いた峰ちゃん先輩が後ろにいた。


「あれ、先輩。小さいから気がつかなかった」


男前で頼れる峰ちゃん先輩の唯一の弱点は背が小さいことだ。私より5センチは優に小さい。


無言で楽譜入りのスケッチブックの角で殴られて、恵ちゃんに「樫野くんはばかなの?」と言われたことは言うまでもない。