「み……峰ちゃん先輩。自分で歩けるから離してくださいよ」

「うっせえ。どうせまた逃げ出すんだろうが」

「しませんよお」


部長に一度捕まったら逃げる術はない。地の果てまで追いかけて来るからもう逃げられない。


この間パート練の合間にこっそり抜け出したら、女の子達と行ったパンケーキ屋さんの入り口の前で峰ちゃん先輩に見つかり、その時持っていたトランペットの入ったケースで殴られた挙げ句飛び蹴りをくらった。


あのトランペットは無事だろうかと、ちらりと峰ちゃん先輩を見上げる。


トランペットとかの金管は修理代もかなり高いだろうけど、あれから何も言ってこないから一応無事なんだろう。


峰弘昌(みねひろまさ)先輩。男らしい顔立ちで派手さはないけど、密かにファンはけっこう多いと聞く。


音楽室に着いて乱暴に椅子に座らせられる。傍にある相棒のトランペットは、お利口に今日も主人を待っていた。


一瞬部員の視線が集まったけどすぐにそらされる。私も気にしない。いつものことだから。


「じゃ、もう一回94から通します」


指揮者の先輩が指揮棒を振る。


息を吸ってトランペットに息を吹き込むと、今日も相棒はよく鳴ってくれた。


この子はいつも私が今奏でたい音を奏でてくれる。


他の楽器がぴたりと鳴り止み、隣の峰ちゃん先輩のトランペットの音だけが響く。先輩のソロパートだ。


今自分は演奏者なのだとわかっていても聞き惚れる。


ついつい次の自分の吹く出番に出遅れそうになるくらい惚れ惚れする。


峰ちゃん先輩はかなりうまい。中学時代強豪校にいた峰ちゃん先輩の名前を知らない者は県内にはいなかった。


私は峰ちゃん先輩のトランペットに惚れてこの高校を選んだ。