自らの寝室から出てきた悠也は真冬にとって驚くべき格好をしていた。

ところどころはねた寝癖のひどい頭から、寝ぼけ眼で目をこするその仕草まで、偉そうないつもの悠也からは想像もできない。

何よりも驚くのがその格好。何故だか悠也は浅葱色…よりは少し淡い水浅葱の浴衣を着ている。それがなんとも妖艶で似合っている。そこは彼を嫌う真冬も認めざるをえなかった。

時期的に寒い気もするが床暖完備、冷暖房完備のこの部屋では年中その格好でも問題ないのだろう。真冬はそう納得しつつ、視線をさりげなく横にずらした。

肌蹴た衿からは鍛えられたその肉体が覗いており、直視するのは良くない気がしたのだ。

「…おはようこざいます、悠也さん」

義務的に挨拶をした真冬は久しぶりの夫に戸惑っていた。

形だけの夫婦だとは思ったが既に籍は入れてるし、お披露目もバッチリした。身体の関係は未だなく、キスすら結婚式の一度きりだけ。

自分は妻として行動すれば良いのか。それとも干渉しないほうが良いのか。

未だ距離を測りかねていたのだ。

「ああ。…それにしてもお前、薄情な嫁だ。俺の食事も用意してくれりゃあ良いだろ」

そう言いながら悠也は真冬の肩を抱くと、ちょうどフォークを持っていた彼女の手を取り、朝食を自らの口に運んだ。

唐突な行動になすがままになっていた真冬だったが、ハッとしたように悠也を睨みつけた。

「ちょっ!なんてことをするんですか!」

「朝からうるせえ。別に良いだろ。自分の嫁の飯を横取りするくらい」

妖艶に微笑み、悠也は言ってのけた。当然ながら真冬は不満げに頬を赤くしているし、さらに思ったより近い距離と、浴衣の衿から見える体に顔を強張らせる。

「嫌です!夫婦といえど私たちはほぼ他人。悠也さんだって、私みたいな“乳臭いガキ”を奥さんだとは思っていないんでしょう!?」

「…もしかして、一週間俺がお前に手を出さずにいたことが不満か?」

「っ!どうしてそうなるんです!違います!」

思わぬ方向にそれた話に、真冬は真っ赤になる。覚悟はしてるし、本当にそうならないといけないのなら涙を飲んで受け入れるつもりではいる。

だが実際に悠也の人となりを目の当たりにするとやはり許せないのだ。

「まあ良い。俺は腹が減った。飯を頼む。さっきのが良いな。あれは美味かった」

「っ!」

素直な賛辞に真冬の口元は緩んだ。高校生にして独り暮らしをしていた真冬はずっと一人で食事をしてきた。自分の作るものを食べて美味しいと言ってくれた人間がいることは嬉しくないはずがない。

けれど先ほどまでの口論からなんとなく素直になるのは釈然としなかった。

「…家政婦の萩原さんがいるじゃないですか」

つんっとそっぽを向いてそう言えば、悠也はにやりと笑って見せた。

「萩原には一切食事を任せていない。そうだな…飯はお前に任せるか。夜と朝な」

「な、何を勝手に…。第一帰ってこないじゃないですか」

「なんだ、寂しかったか」

「なっ!ち、違っ「なら来週からは早く帰ってくることにしよう。飯を家で食べるか否かはメールする。どうだ?」」

何故だか勝手に話が進められていくことに、やはり真冬は釈然としなかった。

けれど誰かと囲む食卓を望む彼女もいる。そしてそれが普通の新婚生活だと思う彼女もいた。

「…わかりました。作りましょう。好き嫌いはありますか?」

「ない」

「夜必要か否かのメールは、お昼のメニューも入れてください。かぶらないように調整します」

悠也は無言で真冬を見た。なかなかできた嫁だと感心しつつ、彼女の頭を撫で回す。

「了解だ。頼むぞ。朝は学校まで送ってやる」

「けっ、結構です!そんなことすれば目立ちますからっ!さ、そこに座っててくださいっ!朝食の用意、しちゃいますから」

真冬はそう言ってエプロンをつけてキッチンに立つ。実は既に大体の用意は出来ているのだ。

「飲み物はどうしますか」

「コーヒーだ。ミルク多めで砂糖は二つな」

随分と甘党らしい。真冬は静かに笑った。