『踊ることが沈黙の音楽であるように、音楽は目に見えない踊りだ』

どこかの国のナントカという小説家の言葉を、僕は思い出していた。

昼休み、毎日決まって伴奏のない、メロディだけのピアノの音が聴こえてくる。

伴奏はないけれど、そのメロディは今にも踊りだしそうで、まるで生き物のように思える。

僕はこの音が気になって仕方がない。



高校に入学してもう半年が経つ。

もう九月といえどまだまだ日中の暑さは厳しい。

昼ごはんを食べ終えた僕は身体が冷たいものを欲している事を感じ、自動販売機へと歩を進めた。

早く冷たいココアが飲みたい。甘いココアが飲みたい。


ピアノの音が大きくなってゆく。

音楽室と校内の自動販売機の場所が近いのだ。

ついでに、とばかりに音楽室のドアから中をチラリと覗いた。

僕は息を呑んだ。

僕には眩しく思えた。

慌てて僕は教室に戻った。

ピアノを弾いていたのは、同じ学年カラーのスリッパを履いた女の子。

恐らく違うクラスの人だろう。僕のクラスでは見たことのない顔だと思う。

女の子となんて話さないから全員の顔を記憶しているか、と言われると定かでは無いから、恐らく、としか言いようがない。

彼女を見た瞬間、美しいと感じた。

容姿がはっきり見えたわけではない。その雰囲気、オーラが優しく色づいていた。

ココアを飲みながら、あのピアノの音は彼女の音だったのか、と思う。

気がつけばズコズコとココアのパックから音がしていた。

ココアをこんなに心ここにあらずな状態で飲んだのは初めてだ。

僕の心をピアノを弾いていた、あの女の子が占領する。

あの音が頭から離れない。