彼女は夜しか現れない。
『シーッ、声出したらゆうきくんのお母さん来ちゃうよ』
母子家庭で育ったひとりっ子の僕。
そんな僕に出来たひとりの親友のゆきちゃん。
いつも決まって12時には寝る母に気付かれないように
家の中庭でふたりきりで話すことが日課だった。
「なんでゆきちゃんはいつもその袋を持ってるの?」
僕は珍しくゆきちゃんに質問をしてみた。
家が何処にある、とか家族構成とか、そんなことはとても怖くて聞けなかった。
そんなことを聞いたらきみが消えちゃいそうで。
『んーとね、知りたい?』
優しく甘い声とは裏腹に長い睫毛に囲まれた青い目はいつも笑っていなかった。
「うん、でも言いたくないならいいよ」
常にゆきちゃんの前でイイヤツの振りをしていた。
そうすることでゆきちゃんに少しでも好かれる気がしたから。
『袋の中見てみる?』
笑っていない目はさらに表情を消した。
「う、うん。…いいの?」
『覗いてみて』
ゆきちゃんは袋を持つ白く細い腕を伸ばした。
目が取れた象のアップリケがついている、
どこかで見たことのある袋だった。
袋を受け取ると、ずっしり重く、中のものの温度が表面からでも伝わってくる。
温度というより、ぬくもりに感じられた。
「ゆきちゃん…これってさ」
『後戻りできなくなるよ』
ゆきちゃんは僕の声が聞こえていないかのように冷たい声でそう言った。
後戻りできなくなる…
それでもいい。それで、ゆきちゃんの抱えてるモノが楽になるなら。
袋の口をゆっくりと広げて見た。
夜だから、暗くてよく見えない。
「中身出してもいい?」
地面に指で落書きするゆきちゃんはすぐ了承してくれた。
