外に出ないまま、1ヶ月。
ここへ来てから6か月目。

彼が長く眠りこむようになった。

女神像を前に祈るものはしばらくいない。
それでも良かったと思ってる。

日中祈り続けてた強い彼が折れてしまったのは、
きっと彼女のせいだから。


「聞きたいことがあるの。」

彼が起きているとき、私は話を切り出した。
眠そうに目をこすりながら、彼が首をかしげる。

「あなたは箱庭は危険だって言ったわよね。何が危険だというの?」

私の質問に、アドラーは表情を曇らせる。

「お前は知らなくてもいいことだ。」

「あなたはそればっかりね。」

決まった返事に呆れながら答えると、彼は首を振った。

「お願いだ、リラ。君には何も知らないでいてほしいんだ。
知ってしまったら傷ついてしまう。」

どうやら本気らしく、真剣な眼差しを向けてくる。
でも、私は納得できなかった。

「私にとっては何も知らされない方が辛いの。何があったのか知りたいのに、窓から箱庭を見ることさえ許してくれない。」

「約束したじゃないか。」

「箱庭には出ない。あなたを独りにしない。約束を絶対に守る。
私はただ、知りたいだけなの。」

ぐっとアドラーは黙りこんだ。意地でも教えないというように視線を反らす。
だがそれは通用しない。

「ねぇ、どうして?あなたは知ってるんでしょ。」

すがるように、彼の袖を引っ付かんだ。

「私は教えてもらわないと、何も分からないわ。ここにいるのは私とあなただけ。
教えてくれるのはあなただけなの。」

無言_____……。
ただ彼は黙っている。

「……分かったわ。」

袖から手を離した。
彼がやっとこちらに視線を戻す。
彼がそうくるなら、私にも考えはある。
きっと彼が知るのはこの世界の秘密めいたものだ。
ここで生きるのは私とアドラーだけ。
自分にも知る権利があるはずだ。

「あなたの約束は守るから、あなたも私の約束を守って。」

すっと息を吸った。


「知ってることを教えて。」


長い長い沈黙。
視線がぶつかり合う空間。
辛抱強く、彼の答えを待ち続けた。
数時間にも思える沈黙の末、やっと彼は口を開く。

「いいだろう。」

そして、私の手を掴んだ。

「そんなに知りたいのなら教えよう。僕について来てくれ。」

うなずいた。
これから何を知らされるというのだろうか。
内心緊張を覚えながら、しっかりとした足取りでついていく。
知らないでいるよりも知る方がいい。
彼一人で抱え込んではならないのだ。

意外にも、彼が立ち止まったのは箱庭への扉の前だった。
アドラーも緊張しているのか、こちらに視線を送る。

「いいか、様子を見るだけだ。
一歩たりとも外に出るなよ。」

「分かってるわ。」

確認に承諾すると、アドラーは扉の取っ手に手を掛けた。
ギギッと軋む音がして、扉が開く。
彼が開けたのは僅かだが、景色を見るには十分だった。
信じられない光景を目の当たりにした。
息が詰まり、その場にがくりと膝をつく。
耳もふさいだ。
声、声、断末魔。
まるでこちらを貫くような悲鳴。
短い時間しか見ていなかったのに、瞼の裏にじわりと残る。
箱庭の外。
そこにはナイフの雨が降っていた。

「すまなかった。」

動けずに縮こまる私の肩に手を置き、彼は謝罪の意を呟いた。

「……の」

声が出ない。
かすれて、息のようにしか聞こえない。
だが、アドラーは聞き取れたようだ。
『あれは一体何なの?』と。

「だから言ったんだ。」

彼の声には苦しさが感じ取れた。

「外に出るなって。」

閉められた扉。
まだ耳の奥に、誰かの断末魔の叫びが聞こえる。