「なぜ?」
「人前が苦手なのです。今はあなた一人ですから雄弁に語ることは可能ですが、多数の人間に見られると吐き気がします。視線が怖いのです」
「いい声してるのにね。勿体無い。多数を相手に話をする場合に、どうすればいいかわかる?」
 私は揺さぶりをかけた。
「どうするのですか?」
 男は話に乗ってきた。
「あなたの視界に映るもの全てを案山子にしちゃえばいいのよ。案山子一号、案山子二号、ってね」
 フフフ、と抑え気味の笑みを漏らした男は、「あなたは面白い人だ。もしかしたら本当にどこかで会っているかもしれませんね。生きるは連鎖の連続ですから」といった。
 チン。
 私は階数表示を見上げた。
 エレベーターは十三階を明滅させていた。