「ねえ、走るって気持ちいいね」
 井上ユミは息を切らせながらいった。
「気候のせいもあるだろう」
 今日の気温は二十度届くか届かないかの絶妙な位置取りだった。走れば当然ながら汗ばむし、歩けば喉が乾く。なので、飲料水のCMのように二人同時のタイミングでペットボトルに口をつけた。ふふあーと同時に息を吐き、口元を拭った。
 アオイは走った甲斐があった。井上ユミの肩を叩き、
「目の前を見てよ」
 といった。
 うわお、と井上ユミは驚嘆の声をあげた。
 目の前には満開の桜が咲いていた。
「桜のドームだね」
「適切な表現だね」
「一応、アーティストだからね」
「一応、はいらなくないか」
「アオイ、細かい男は嫌われるぞ」
「嫌われて生きてきたからね、今更、そんなことを俺に言われても屁でもない」
「嫌われて生きてきて楽しいの?」
「それは自分の思い込みであり、案外、他人は人をあまり気にしない。そういうものだろう」
「アオイは冷めてるな」