「遅いよ」
 女性はいった。声には親しみがこもっていた。少なからず、初めて会った人間に対して放つ声音ではない。より緊密で親密な間柄の声音である。
 僕は目の前の女性を知っている?
 言葉を考えて放つのは、ビジネス現場やPTAとモンスターペアレントと政治論争と相場は決まっている。となると、僕の次に放つ言葉はこれしかない。
「君は誰?」
 考えていない流れの中から放つ言葉は自然だ。まあ、僕の場合は自然すぎたが。自然すぎて目の前の女性は言い返す言葉が見当たらないようだ。困惑しているのは双方一緒なのかもしれない。異性間の会話というのはスムーズにいくというのが稀ではないだろうか。スムーズにいっていると思い込んでいるのは当人だけであれ、客観的に見たり聞いたりしていると、何かしらの違和感が生じている。考えすぎだろうか、ああ、間違いなく考えすぎだろう。考えすぎの影響か、はたまた女性の機嫌を損ねたのか、何も返答らしきもが帰ってこない。女性という生き物は上中下どのランクをとってもプライドが高い。目の前の女性がどのランクに属していようがプライドという鎧を装着し、言葉という弾丸を撃ちこんでくることだろう
「最低」
 ほらね、言わんこっちゃない。僕は女性から言葉の弾丸を胸に撃たれ、撃たれたショックで目の前が暗くなった。