あまりにも唐突だった。

1,2秒程度だったが、私にはとても長い時間に思えた。

お互いの唇が離れると、彼は愛らしい物を見るような目でうっとりと私の顔を眺める。

状況を理解すると、一気に顔に熱が集中した。

「かーわいー恥ずかしいの?」

恥ずかしいに決まっている。
前世(?)では人と喋ることも得意でなかったのに、いきなり初対面とも言える異性にこんなことされればびっくりする。

彼の整った顔を直視することができなくなり、視線を下にした。

すると、自分の左の薬指に指輪がはめてあることに気づいた。

「契約完了だね。」

彼が私が指輪に気づいたことを感じ取り、言葉を口にした。

彼は千里眼でも持っているのだろうか。

てっきり「お前の肉を食うてやるー!」的なのを想像していた私は肩すかしをくらった。

「さて、今から僕らは運命共同体。自己紹介がまだだったね。僕の名前はトイフェル。よろしくね」

銀のメッシュが入った黒い髪に、猫のような金色の瞳の少年は、トイフェルというようだった。
ドイツ語で悪魔、という意味だったな、と誰も聞いていないのに雑学を披露する。

自己紹介されたので、自分も、と思い口を開こうとしたが、彼に人差し指で口を抑えられた。

「君はもう前の人間じゃない。」

口を抑えた人差し指で私の唇を撫でながら言葉を続けた。

「僕が名前をつけてあげる。」

いい加減手を離してほしい。こそばゆくて仕方がない。

「僕は猫が好きなんだ。だから、君の名前は、ルナ・カッツェ。月の猫って意味だよ。よろしく、ルナ。」

彼が私の新しい名前を口にすると、あたりはまばゆい光を発し、目を閉じた。

だが、彼のぬくもりだけは右手から伝わってくる。安心した。