「なーんにも、ホントに何にも、俺は言えなかった。手元にあった、私立の問題集を見て、俺もここ受けようと思ってるんです、くらいのことしか」

自分にあきれるように、今野さんは髪をかきあげる。

信じられない。
こんなに、誰とでも楽しく話せるような人が、好きな人一人に上手く話せないなんて。
「あの人は……優しかった。いきなりわけのわからないヤツに話しかけられても、全然イヤな顔ひとつしないで、知りたくもないその私立の校風とかについて、色々話してくれた」

「そう……」

すくっと立ち上がり、今野さんは夕日をきっと睨んでわたしを見据えた。

「これでおしまい。俺からは、これぐらいしか言えねえ。わるいな、やっぱり……俺にはムリだ。夕日は……沈む運命だったんだ」

じゃあな、と言って早歩きで去っていく今野さんを、わたしは止められなかった。
いくぶん涼しくなってきた風に遊ばれる髪が、妙に悲しく見えた。