ミュージック・オブ・フローズンハウス

「ねぇ、お母さん。何が不安なの?」
俺の中の誰かがまた喋った。俺は思った、朝から感じていた不快な不安感は俺の周りにあったんじゃなく、俺の中に元々あったもので、それは時が来るのを静かに待っていて今朝、ついに満を持して殻を食い破って出てきたんじゃないかと。俺の中の別人が言うお母さんと大量に積まれた乳児用品の数々は少なくとも何らかの関連性があるだろうと思った。状況からしてもない訳がないと思ったし、仮にそれが俺の精神的な問題で、ただ大量のゴミの山を見て自分の人格が分裂して別の人格を生んだだけだとしても、ビリーミリガンになるほうが、漠然的な恐怖に震えるよりは大分ましだと思った。その為に、事実を知るためには踏み出さなくてはいけなかった。俺は安心する為にも自分の置かれた状況を第三者によって、科学的、宗教的、天文学的、医学的、哲学的、それから道徳的に、あらゆる手段を使って説明してもらう必要があった。ほら、これは動物の仕業、お化けなんていないのよ。
俺は木製の表札に書かれた殆ど剥げて見えなくなった“谷口”をくぐり玄関に向かった。オムツにプリントされたひと昔前の赤ちゃんがニヤリと笑って俺を見ていた。