ミュージック・オブ・フローズンハウス

視界に電柱が入っては消えていく度に徐々に意識が朦朧としていき、次第に景色は妖艶な表情で俺に迫った。それは望遠鏡を逆から覗いている感じと似ていた。 お客様は名前を『谷口』と言った。なんとか俺は谷口様の家に辿り着く事が出来たのだが残念ながらそこに着くまでの記憶が完全に残っていない。どれだけ思い出そうとしても道路とその両側に並ぶ電柱の映像しか出てこない。ノンレム睡眠とレム睡眠との間を行き来している様だった。しかし過程はともかく、とにかく俺は谷口様の家に着いた。家の前でやっと意識の戻った俺は、今まで感じていた何とも不穏な空気がその家の中から滲み出ている事を知った。祐輔の情報の通り、道の向かいにはこれもまた不吉な影で覆われた廃墟が建っていた。車がなんとかすれ違える程の小さな道路脇に建つ谷口家は、誰が見ても普通とは言えない代物だった。どこがおかしいという訳ではないが、確実に俺の知っている世界の雰囲気とは一線を画していた。
気付くと、いつの間にか俺は家の前で涙を流していた。訳もなく悲しい気分になった。訳もなく寂しくなった。「お母さん、お母さん、大好きだよ、大丈夫、泣かないで、ね、お母さん」