社内では私たちが付き合っているという事はまだ広まっていない。
別に隠している訳ではないが、報告をする必要もないし、知られたら恥ずかしいという想いもある。

でも、偶に嫉妬してしまう時もある。
高梨部長は誰にでも優しいし、彼を好きな社員はそこら辺にいるだろう。


「本当に複雑……」


デスクで両肘をつきタメ息を吐いていれば、コトンと軽い音が聞こえた。
ふと視線をやればデスクの上にコーヒーが入ったマグカップが置いてある。
視線を辿る様に見上げれば、目を細めて笑う田中先輩が立っていた。


「なーにが複雑なの?」

「田中先輩!何でもありませんよ!
それより!コーヒー……すみません、ありがとうございます」


ペコリと頭を下げれば、クスッと笑われる。
何かと思い、彼を見上げれば口元に手をあてながら可笑しそうにする彼が目に映る。
首を傾げながら見ていれば『ごめん、ごめん』と笑うのを止めて話し出す。


「葉月ちゃんが可愛くてつい、ね」


パチリとウインクをする先輩に思わず愛想笑いをしてしまう。
田中先輩はウチの会社でも1,2を争うほどモテる人だ。
女子社員達も格好良いと噂をしているし、彼に好意を寄せている人も少なくはないだろう。
しかし、女性慣れをしている雰囲気が纏っていて私は少し苦手意識があるのかもしれない。
距離が近いというか、スキンシップも多く、どうしても慣れないのだ。


「そうだ!今度の金曜日、一緒に飲みに行かない?
……勿論、2人だけで」


グイッと距離を縮められて顔を覗きこまれる。
前までの私なら断れずに、ズルズルと行っていたかもしれない。

でも、高梨部長と付き合っている今、他の人と2人きりで飲みに行くというのは良くないだろう。
それにどうせ行くのなら高梨部長と行きたい。
そんな事を考えていると、自然に顔が熱くなっていくのが分かる。


「その反応はOKって事かな?」


何を勘違いしたのか、田中先輩は嬉しそうに目を細める。
焦った私は断ろうとするが、なんて言っていいか分からずオロオロとするしか出来なかった。