それぞれの崩壊

どうやら僕は、幼い頃に経験した「他人の痛み」の記憶を遡っているらしかった。

その後も、影は僕に痛みのデジャヴを呼び起こしていった。


そして、ついに最後の記憶。バスケットゴールの下でうずくまる影と僕。記憶を遡っていくのなら、これが最後だ。

僕は明後日の方向に曲がった影の足を見ながら、薄れゆく景色の中で開放感に襲われた。


次に気が付くと、僕はベビーベッドの中にいた。傍らには母がいて、僕をじっと見つめていた。

「かわいそうに。」

母がそう呟くと、彼女の目は哀しみで満たされた。

僕は母に話し掛けようとしたが、言葉が話せなかった。いくら声帯を駆使してみても、「アー、アー」としか言えなかったのだ。


そんな僕を見た母が、フッと笑って言葉を零した。

「ありがとう。励ましてくれているのね。あの男には人の痛みなんて分からないのだろうけど、あなたはちゃんとママの痛みを分かってくれているのね…」


その言葉を聞いた時、僕の体中の血管が脈打った。触れてはいけない核心。それに触れてしまった気がした。

僕は不安を表現する術が分からず、とにかく泣いた。泣きわめいた。

「おぉよちよち。かわいい子。ママの痛みが分かるから泣いているのね。あの男とは大違い。あいつには私の痛みなんて分からないわ。ましてやこの子の痛みなんて…」

やめてくれ！「痛み」という言葉を聞きたくない。「人の痛み」なんて分かりたくない。