少しして、彼は袖を戻すと、私を立ち上がらせソファに一緒に座る。




『誰にされたんだ』




『……』




私は答えない。




俯いたまま動かない。




『誰にされたと聞いてるんだ』




彼が少し、怒気を孕んだ声で言う。




『言えません…』




さらっと髪が肩から落ちる。




『言え』




『…言えません。こんな、家にとって恥晒しなこと』




私は唇を噛み締める。




『お前はいつもそうだな。家が家が家がって…お前の本心はどこにあるんだ』




その言葉に、私は頭を殴られたような痛みがした。




私の、本心…?




『いつも俺は優奈に救われるけど、俺はお前に何もしてやれない。だから、教えてくれ…優奈の気持ちを』




そこで私は、彼の顔を見た。




苦しそうな、寂しそうな横顔。




こうさせているのは、私…




でも、どうして、あなたがそんな顔をするの…?




分からないけれど、彼のこんな顔を見ているこっちが辛くて、私は口を開く。




『…弟は凄いんです。両親の期待に応えようと、小さい頃から努力してきました。けれど、あまりにも大きな期待は、時として心を縛り、苦しめるものです。弟は私を、ストレス発散の道具に使うようになりました。




けれど、弟に歯向かうことは許されません。私は全てを諦めたから。両親に褒められることも、弟に姉として慕われることも、女として生まれてきたことも、私は諦めて、受け入れました。




私が男に生まれていたら、両親から愛情を貰えて、弟の代わりをできて、自分の人生を愛することが出来たのでしょうか』




そう、私は、諦めるという選択肢を選んだ自分が嫌いだった。




『ねえ、廻さん。私の努力はどこへ消えてしまったのでしょう…両親に、少しだけでいいから、私の存在を認めて欲しかった。弟のことは大切に思っているはずなのに、時々憎いと思ってしまう私は、心が穢れているのでしょうか…?』




そう話す度に辛くて、泣きそうになる。




私は初めて、自分の心をさらけ出した。




突然、体が揺れる。




何事だろうと思ったけれど、すぐに彼が私を抱きしめたのだと分かった。




そんなことは初めてで驚いたけれど、彼の温もりが心地よくて、私は身を預ける。




『お前は誰よりも綺麗だ』




私の耳元で彼が話す。




『誰よりも人の心に聡くて、機敏で、思いやる。自分のことは後回しで、他人の思いに応える。それは誰にでもできる事じゃない。そんなお前を、誰が穢れてるなんて思うんだ。こんな綺麗な娘がいるのに、見向きもしない両親は、ただの馬鹿だな』




そう言って彼は笑う。




『諦めることは別に悪いことじゃない。努力した自分を褒めて、次に繋げればいい。自分の人生を誇れるような生きた方をこれからしていけばいい。俺たちの将来はまだまだあるんだ』




その言葉に、私の心が軽くなる。




そう、私はただ諦めただけで、これからのことを何も考えていなかった。




家族に絶望し、女としての生を呪っただけだ。




何故他に希望を見出そうとしなかったのか。




私にはきっと、まだ出来ることがあるはずなのに。




報われたい。




努力が無駄に終わることなく、報われるものに、私は挑戦したい。




一筋の光が私に見える。




『ありがとう、廻さん』




私に勇気をくれて。




私に道を示してくれて。




『お前は俺に感謝してばかりだな』




そう言って彼は優しく微笑むと、私の頭を撫でてくれた。