ブラックバカラをあなたへ

『今日はありがとうございました』




食事を終え、お店の外に出る。




予定の時間より少し早く終わってしまったけれど、車はここで待っていようかしら。




本当はもう少し、彼と一緒にいたいけれど…




……だめよ、そんな我儘を思ったら。




彼の迷惑になるようなことはしたくない。




そう思っていたら、




『少し、歩かないか?』




彼がそう聞いてきて、私は思わずはいと返事をしてしまった。




今まで、こんなこと一度もなかったのに、どうしたのかしら。




私にお話したいことがあるとか?




それって、もしかして、昨日のあの子との事…?




婚約破棄なんて言われたら、私、どうしたら…




彼と無言のまま、近くの河川敷を歩く。




私、どうして恐いなんて思っているの?




昨日から全然自分のことが分からない。




『悩み事でもあるのか?』




『へ?』




彼が急にそんなことを聞くものだから、私は間抜けな返事をしてしまった。




は、恥ずかしい…私としたことが…




『あ、あの、私の悩み、ですか?』




『それ以外に何がある』




そう言われましても…




私に悩み事なんてありませんし。




いえ、あるにはあるのだけれど。




『俺には言えないことか?』




『えっと…その…』




私はどうしたらいいのか分からず、口ごもる。




けれど、もし、私の気持ちを伝えたらこの胸の苦しみもなくなるかもしれない。




そのせいで、婚約を解消されたとしても…




『…昨日の放課後、廻さんが女子生徒といるのを見かけたのですけれど、彼女に告白されたのですか?』




『ああ』




『お返事は…?』




『断ったが』




それを聞いて、私の心は一気に軽くなった。




よかった…なんて、彼女に失礼よね。




でも、何故か安堵してしまう自分がいた。




『そんなことをずっと気にしていたのか?』




『ずっと?』




『あ、いや…』




隣を歩く彼のスピードが少し落ちる。




『今日、様子がおかしかったから…』




そう言われて、私は目を瞬かせる。




私のことを見てくれていたの?




嬉しい。




彼は私のことに興味がないと思っていた。




婚約者だから、仕方なく一緒にいてくれているのだろうと思っていた。




けれど、少しは私のことを気にかけていて下さったのかしら。




そう思うと、とてつもなく嬉しくて。




何故か泣きそうになった。




『ありがとうございます。私のこと、心配してくださって。廻さんのような方が婚約者で、私は幸せ者ですね』




そう言って、隣の彼を見ると、相変わらず無表情だったけれど、少しだけ耳が赤いような気がした。