「マンションはどの辺りですか?」
「次の信号を左折して、一つめの角を右折です」
「わかりました」
スムーズにハンドル操作をする諸岡さんと並んで座っていると、別に会話がなくても案外平気だった。
あれほど緊張していたけれど、やはり毎日仕事で顔をつきあわせていると、どこかしら通じ合うようになるのだろう。
それはとても心強かった。
信号を左折すると道は幅を狭くして、住宅地に入る。
小振りのマンションの角を曲がれば、もう私の住むマンションまですぐだ。
静かに車は住宅街の角を右折する。
そして私は息を呑み込み、顔を強ばらせた。
マンションの入口脇に、あの男が立っていたからだ。
顔も見たくもない男、藤川圭吾。
暇を持て余してスマホをいじりながら、通りかかる人をチラリと見遣るその視線が、私を捜しているとはっきりとわかった。
「どのマンションですか? 井波さん?」
問いかける諸岡さんが耳をすり抜けていく。
ゆっくり走る車の中にまで、あの男の視線が届きそうで思わず隠れるように頭を下げた。

