では、同居でお願いします

だから、諸岡さんがスッと立ち上がり私の左手を取ったことに気がつくのが一拍遅れてしまった。

「なので、ここは私のために空けておいてください。社長を振った後は、必ずこの諸岡仁をお願いします。なんでしたら、細かい規約などと取り決め、契約書をお作りいたしますが?」

「なんの契約書ですか!?」

「ですので、最後は私を選ぶという、そういう契約ですが、何か?」

完全に裕哉は振られる前提だ。いや、それよりどんだけ勝手に話を進めているのだろうか。

この人も聡明で機敏で冷徹な仕事人間という今までのイメージを破壊し尽くしてくれるギャップの持ち主だ。

(さすが……あの裕ちゃんと渡り合えるだけあって、クセがある!)

感心してしまいそうになっている私を正気に引き戻したのは、諸岡さんの唇が左手の薬指に触れたから。

「なっ!!」

驚いて手を引こうとしたけれど、グッと強く握り込まれていて、逃げることは敵わない。

目を丸くしている私を間近で見つめながら、諸岡さんはもう一度告げた。

「ここには私が必ず指輪を贈らせていただきます。空けておいてくださいね。では、以上で連絡事項は全てお伝えいたしました。業務に戻りましょう」

諸岡さんは眼鏡を押し上げ、スーツの襟元を正すや、唖然としている私に背を向ける。


(な……な……なんてことを言うのですかぁ!!!)

というか、全く人の話を聞いていない!
しかも業務連絡すぎる!!