その日の放課後、あたしは帰る準備をしながら新しくならったばかりの数学の公式を頭の中で繰り返していた。


授業で習ったときにはすんなりと頭に入って来るけれど、一度家に帰るとその公式がなかなか出てこなかったりする。


そうなる前に今日は早く帰って復習しなくちゃ。


そう思い、足早に教室を出た時だった。


「知世」


後ろからそう声をかけられて振り返ると、明彦が立っていた。


少しばつが悪そうな表情を浮かべ「あのさ、ちょっと今から時間あるか？」と、聞いてくる。


「ごめん、今日は急いでるから」


冷たく返事をして体の向きを変えて廊下を歩き始める。


昨日まであれほど好きだった明彦が、今はどうでもよく見える。


勉強ができない明彦なんかを好きになっていたのが不思議なくらいだ。


やっぱりあたしの相手は学年1位の京一郎じゃないと釣り合わない。


京一郎はスポーツもできるし、いわば向上心の塊みたいな人だ。


「知世、ちょっとだけだから！」


さっさと帰りたいあたしに、明彦はしつこく付きまとってくる。


あたしは舌打ちしたい気分になるのをグッと我慢した。