ピュア・ラブ

「モモちゃん、退院は来週かな? その頃には傷口もかさぶたになっているとおもうし、もっとひどかったら、一か月近くは入院だけど、黒川なら、勉強して治しちゃいそうだからいいよ、退院して」

嬉しい、正直にそう思った。
ネットで買った猫と暮らす為の道具はもう届いている。食器棚も移動済で、トイレとご飯の場所は確保できている。
あの出窓には、麻の布でベッドを作った。と言っても、ウレタンを買って、サイズを合わせ、ミシンで縫った布をかぶせただけだ。
モモとの生活を想像して楽しかった。
私にも楽しいと言う感情があるのだと、思った。
何をしても面倒、馬鹿らしいと思っていたが、モモが現れてからは、面倒などと思わなくなった。

「退院しても、完治するまで治療はあるからね。モモちゃんの為にちゃんと通院して」

それは分かっている。私でも、こんなはげた状態の身体のモモを放ってなど置けない。
モモは私が、鼻筋を撫でていると、喉をゴロゴロと鳴らした。
私にそうされて嬉しいと体で返事をしているのだ。愛おしくてたまらない。

「お、モモちゃん、初めてゴロゴロしました。やっぱりママは違うね」

橘君にモモのママと呼ばれるようになり、私は、人間ではない猫の子供に対して、親の感情が湧いていた。この子の為ならなんでも出来る。大袈裟だが、そんなことまで想った。
親ならば、そう思うのが当たり前だろう。親に恵まれず、親の愛情も分からないまま大人になった私は、それを感じて、思うことさえも分からないだろうと思っていた。
人間があるべき感情をモモによって、呼び出された。親共々、碌な死に方をしないだろうと思っていた私だが、少しは、人間らしく最後を迎えられる様な気がした。
モモは、私が、抱いて頭を撫でていると、眠ってしまった。
起きて、会話をしたかったが、まだ、赤ちゃんだ。眠いのだろう。無理しても仕方がない。私は、バスタオルにくるんだモモをゲージにそっと戻すと、バスタオルの上から、ポンポンと二回叩き、ゲージを離れた。
視線を決まって落としている私は、そのまま頭を下げ橘君にお礼をした。
明日も来たいけれど、橘君がいる。
そして明日を逃すと、仕事になり、夕方以降しかモモの様子を見に来られない。どっちにしても、橘君と会ってしまう。