ピュア・ラブ

はがきが送られてこなくなったら、橘君のことを忘れよう。そう決めていたのに、あきらめの悪い私は、送られてこなくなって二か月たった今でも、忘れられないでいた。
私は、はがきを並べて読み返してみた。

「いち、に、さん……」

数えてみると、その枚数は24枚だった。ちょうど橘君が勉強をしたいと言っていた期間だった。それは成し遂げられたのだろうか。きっとそうだろう。
彼がいなくなってから、すでに二年がたっていた。あの時と変わらず私はここにいる。
橘君は前に進んでいるのに、私は、過去に戻っている。過去になど戻れるはずもないのに、「あの時、こうしていたら」とそんなことばかりを考え、時が止まったかのように、停滞していた。
自分の殻に閉じこもり、不幸な自分を作りだしていたのではないのか。そんな風に考える。
きっちりと24枚のはがき。それは橘君が将来の為に勉強をして前を進んでいた期間だ。
私にも、自分と十分向き合う時間があった。なのに何もしなかった。
だから、今日、今、この時から前に進もう。
動物の写真のはがきは、さすがに24種類はなかったようで、一回りをして、最初の動物に戻っていた。

「今までありがとう。前向きになれたのは橘君のお陰です」

そう言って、はがきをリボンで結び、はがきがはいる大きさの箱にしまった。
もう出して読み返したりしないように、押し入れの奥深くにしまった。
モモの健康診断に行くと、お父さん先生は変わらずにいた。一年に一度あう彦星のようだと思ってしまった。
いつも橘君そっくりな笑顔で、私とモモを心配してくれる。
肉親にさえ心配してもらえなかったが、橘君とお父さん先生によって、他人が温かいということを教わる。
病院に行かないことはモモにとっていいことなのに、行けば橘君のことが聞けるかも知れないと、したたかなことを思ってしまうけれど、何も聞けないで、少し残念に思ってしまう。
問題なく健康なモモは今日も幸せそうだ。今年の初詣でもそうお願いしたのだから、神様はいうことを聞いて下さっている。
季節はまだ夏本番ではないが、暑くなりつつある。
いつものコーヒーをアイスコーヒーに変え、本をバッグに入れて、海岸行きのバスに乗る。
海に着くと、週末を海で過ごす家族の姿があった。
波打ち際で遊ぶ子供たちが、とても楽しそうだ。
本を読むのに日陰を探すが、カフェにしか日陰はなさそうだ。
仕方なく、シートを広げ、腰を下す。私が本を読む場所はいつも決まっている。

「やっぱり帽子だったわ。また忘れちゃった」

一つ忘れる癖がまだ直らない。
黒い髪が日差しを吸収して、暑くなる。
やっぱりほかの場所を探そうと立ち上がると、ズボンのポケットから家の鍵が落ちた。

「いけない」

しゃがんで鍵を拾うと、そこには橘君からもらったシーサーのストラップも付いている。
顔の前に持って行き、ついている鈴をチリンと鳴らして見る。

「これも外さなきゃ」