ピュア・ラブ

自分を変えなくては。
その焦りが、私を臆病にした。
どうせ私なんかが、どうせ、どうせ。
念仏のようにその言葉がよぎり、一歩が踏み出せないでいた。
そんな毎日に嫌気がさしていても時は過ぎる。

『君が気になって仕方がなく、しつこく担任に聞いた。当然教えてはくれなかった』
『何度もしつこく聞く僕に、担任は少しだけ教えてくれた。「家庭の事情」「バイトだ」と』

裏庭が私の気が休まる場所だった。
そこにある一本の大きな木。名前は知らない。その木が私に季節を教えてくれていた。
卵焼きにウインナー白飯。そんなお弁当を食べ続けた。
料理を教わったことのない私は、卵焼きさえ作れなかった。白いご飯にたまに挟む海苔がごちそうだった。
新聞配達をしていたバイト代があったが、高校卒業行と同時に家を出ることを考え、貯金をした。そのお金を隠すのが大変だった。
私が一番安全だと考えたのは、なんと学校の個人ロッカーだった。もちろん現金じゃない。カードと通帳だ。印鑑は常に筆箱に入れて置いた。
机の中身が移動していることが度々あった。
母親が私のバイト代を探していたのだろうと察しがついた。
どこまでも私を捕らえて離さない両親が憎くて仕方がない。
毎月一度だけ、ファストフードで食べるハンバーガーが何よりの楽しみだった。
あの場所は今どうなっているだろう。想い出に浸ることさえなかったが、今、凄く気になる。

『何度も話しかける僕を、しつこいと思っていただろう』

このはがきを読みながら、目を閉じる。ずっと昔のことを思い出そうとがんばる。
それでも思い出すのは、何て自分は可哀想な人間なのだろう、周りの女の子は、メイクをして、美容院で綺麗にカットをしている。恋の話をして、きらきらと輝いている。気にせず、一人でいるのだと、思っておきながら、ずっと周りのことは見ている自分だ。
そう言えば、「鉛筆を貸してくれない?」「今日は日直」そんなようなことを話しかけられていたような気がする。
話しはとことん無視していた。きっとその人は気を悪くしただろう。それが橘君だったとしたら、私への印象は最悪だったはずだ。

『でも、再会した僕を君は覚えていなかった。僕だけではなくクラスのことさえも覚えていなかった』
『三年になると、ついにこう言ったら、きっとこう思っているだろうと分かるようになった』

読心術じゃなくて、分かる様になるまで私を観察していたということだったのか。会ったばかりの頃は、私の思っていることがなんでも分かってしまって怖かったけれど、そういうことだったのか。
私は、海に行くことが習慣になっていた。
毎週末じゃないけれど、気が向いた時は、本とコーヒーを持って海に行く。
バスもいいものだ。20分もあれば海に着く。こんな気分のいいところの傍に住んで居ながら、橘君が連れて行ってくれなければ、来ていなかったなんて。勿体ないことをした。運転免許を取りに行くことが、沖縄から帰ったときの目標だったはずだが、そこに行くのにも勇気がいり、まだ申込みさえ出来ていない。
海の周りを散策すると、カフェも意外とあった。気が向けば入ったが、殆ど、砂浜にシートを敷いて、そこに座って本を小一時間ほど読んだ。

『やっぱり君は優秀で、落ちこぼれの僕は必死だった』